11981= =发表于:2011/3/30 2:59:00
= =2011-3-30 2:41:00
11982= =发表于:2011/3/30 3:01:00
11983= =发表于:2011/3/30 3:01:00
11984= =发表于:2011/3/30 3:02:00
可以不送物资,但是泄露谁不急啊,都到家门口了
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泄露也是皇帝不急那什么急
11985= =发表于:2011/3/30 3:05:00
11986= =发表于:2011/3/30 3:10:00
11987= =发表于:2011/3/30 3:11:00
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290249.html
2011年3月29日17時6分
岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、津波から逃れる時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月、念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童は、通路を通って避難し、助かった。
海から約200メートルのところにある越喜来(おきらい)小学校。3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がってがけの上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。
「津波が来たとき一番危ないのは越喜来小学校ではないかと思うの。残った人に遺言みたいに頼んでいきたい。通路を一つ、橋かけてもらえばいい」。2008年3月の市議会の議事録に、地元の平田武市議(当時65)が非常通路の設置を求める発言が記録されている。
親族によると、平田さんは数年前から「津波が来た時に子供が1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出た方が早い」と話すようになったという。
平田さんの強い要望をうけたかたちで、昨年12月、約400万円の予算で校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用の非常通路が設置された。予算がついた時、平田さんは「やっとできるようになった」と喜び、工事を急ぐよう市に働きかけていた。
11日の地震直後、計71人の児童は非常通路からがけの上に出て、ただちに高台に向かうことができた。その後に押し寄せた津波で、長さ約10メートル、幅約1.5メートルの非常通路は壊され、がれきに覆いつくされた。遠藤耕生副校長(49)は「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」と話す。
市教育委員会の山口清人次長は「こんな規模の津波が来ることは想定しておらず、本当に造っておいてよかった。平田さんは子供のことを大事に考える人でした」と話した。
非常通路から避難した児童の中には、平田さんの3人の孫もいた。平田さんの長男、大輔さん(38)は「人の役に立った最後の仕事に父も満足していると思う。小学3年の息子にも、大きくなったら話してやりたい」と語った。(其山史晃)
[IMG]http://i.imgur.com/IMYPo.jpg[/IMG]
児童らが避難した後、津波で押し寄せたがれきに覆われた越喜来(おきらい)小学校の非常通路(中央)。右の児童たちも、この通路から高台に逃れて助かった=28日、岩手県大船渡市三陸町越喜来、仙波理撮影
[IMG]http://i.imgur.com/u4yZN.jpg[/IMG]
津波避難用の非常通路が取り付けられていた場所(写真中央)には、流されたがれきが山積みになっていた=岩手県大船渡市三陸町越喜来、其山写す
[IMG]http://i.imgur.com/feasT.jpg[/IMG]
越喜来小学校の非常通路
11988= =发表于:2011/3/30 3:11:00
原発作業員の幹細胞採取開始へ 細胞採取費用等20万円自己負担
原発作業員の幹細胞採取開始へ 被曝時移植に備え、全国80の医療施設が協力
2011.3.29 23:31
原発作業員が大量被(ひ)曝(ばく)した場合に備え、移植医療に携わる医師らが
進めてきた作業員の自家幹細胞採取の準備が29日、完了した。近く東電関連企
業の作業員2人から採取を始める予定で、虎の門病院(東京都港区)血液内科の
谷口修一部長は「原発で働く人から希望があれば応えたい」としている。
自家幹細胞の採取は被曝によって造血機能に障害が起きたときに備え、事前に
自分の造血幹細胞を採取、冷凍保存しておくもの。自分の細胞を移植することで
合併症などを防げる。
採取には通常4~5日かかるが、未承認薬の併用で1~2日に短縮も可能。薬剤
費は企業からの寄付で賄い、細胞採取費など約20万円が自己負担となる。
同院のほか、全国約80の医療施設でも採取が可能。問い合わせは、
虎の門病院医事課(電)03?****?****。(電番省略、ソースをごらんください)
ソース:msn産経
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110329/bdy11032923310004-n1.htm
11989= =发表于:2011/3/30 3:16:00
11990= =发表于:2011/3/30 3:18:00
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290259.html
2011年3月29日17時3分
宮城県南三陸町で唯一の病院、公立志津川病院は、入院患者の半数以上を高齢者が占めるごく普通の地方病院だった。患者の命を救おうとして3人の看護師と看護助手が波にのまれた。
志津川湾に沿って走る国道45号に面した町営病院。東棟(4階)と西棟(5階)の2棟建てで、廊下でつながっていた。津波が起きた11日は109人が入院し、その半数が自分で歩くのが難しい65歳以上の患者だった。
■水、5階のぎりぎりまで
午後2時46分。ガガガと横揺れが起きた。
東棟4階の405号室。勤務してまだ5日目の看護助手伊藤梓さん(24)が、先輩の看護助手、菅原若子さん(52)に付いて男性患者の手足をお湯で洗っていた。
洗面器の湯がばしゃばしゃとこぼれた。伊藤さんは冷静だった。「大丈夫ですからね」。菅原さんと一緒に患者を落ち着かせ、ぬれたパジャマの着替えを手伝った。菅原さんは伊藤さんに助言した。
「患者さんが不安にならないように目を離さないでね」
それが伊藤さんと交わした最後の会話になった。
ナースコールが鳴りやまない。廊下を点滴を持った看護師が行き来する。
「もっと上へっ」
星愛子.看護部長(55)らが声を上げた。防災放送が大津波を知らせていた。東棟にいた病院スタッフや患者は5階建ての西棟へ。
しかし、エレベーターは止まっていた。歩けない患者を引き上げるのは2、3人がかり。人手が足りない。階段ではパニック状態となった患者が、手すりを持ったまま階段をふさいでいた。力尽きてしゃがみ込む患者もいた。
悲鳴に似た声が上がった。
「波だ。逃げろ」
真っ白な横一線の高波が猛烈な勢いで押し寄せるのが病室から見えた。防潮堤を越えると、車や船を押し流しながら突進し、目の前のショッピングセンターが一瞬で泥の水に沈んだ。
「もう助からない」。菅原さんがそう思ったとき、患者を連れた看護師や看護助手、通行人らが駆け上がった5階のぎりぎりで水は止まった。窓からは患者の一人がベッドのマットレスに乗って流されていくのが見えた。
第1波と第2波の間、わずかに水が引いた。男性職員がずぶぬれになりながら4階へ。ベッドごと浮き上がるなどして息のあった10人余りの患者を背負って引き上げたが、それが限界だった。
3人の看護師.看護助手がいないことがわかったのは、5階会議室で点呼した時だ。1人は伊藤さん。そしてベテラン看護師の山内由起さん(40)と後藤弘美さん(46)の2人だった。
「私の言ったことを最後まで守ったのだろうか。目を離してしまったばかりに」
菅原さんは唇をかんだ。
5階まで引き上げることができた入院患者は109人中、42人。うち7人は翌日、自衛隊のヘリコプターが救出に来る前に、低体温状態となり息を引き取った。5階で死亡確認した桜田正寿医師(54)は言う。「ただただ地獄だった。地震から津波まで30分、できることはあまりに限られていた」
■「太陽のように明るい子だった」
伊藤さんの遺体は津波から1週間後、病院内で消防隊に発見された。姉の角川理奈さん(31)によると、伊藤さんは「人の役に立つ仕事をしたい」と言って仙台市での仕事を辞め、南三陸町に戻ってきたという。千葉県に住む3歳のおいをかわいがり、夏に一緒にお絵かきをする約束をしていた。「あの子の性格から、最後まで患者さんをほっとけなかったのだと思います」
山内さんの遺体は25日に遺族によって確認された。病院から約2キロ離れた海岸で見つかった。看護服姿。薬指には夫の和也さん(45)が贈った指輪がしてあった。1人目の患者を5階まで上げ、さらにまだ歩ける患者を誘導しようと引き返したことが同僚に目撃されている。高校1年と中学2年の息子2人がいる。和也さんは「太陽のように明るい女性でした」と話した。
後藤さんはいまも行方不明のままだ。2男1女の母。長女(12)の小学校の卒業式を楽しみにしていた。津波が4階に達する直前まで患者に寄り添っていた姿が目撃されている。同病院の事務職員で、2階から5階に駆け上がって助かった夫の正博さん(48)は、28日の長女の卒業式に後藤さんの写真をしのばせて出席した。休みなく病院の残務整理をする毎日だ。(武田肇)
[IMG]http://i.imgur.com/ga0iI.jpg[/IMG]
地震発生時、看護助手の伊藤梓さんが働いていた病室。患者の手足をお湯で洗ってあげていたという=22日、宮城県南三陸町志津川、越田省吾撮影
11991==发表于:2011/3/30 3:21:00
11992= =发表于:2011/3/30 3:24:00
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110330-OYT1T00001.htm
東日本巨大地震の影響で、新年度の入学式を中止または延期する大学が、東北.関東地方の国公私立446校(短大含む)のうち、少なくとも130校に上ることが、文部科学省の調査で分かった。
被災地では校舎の損壊などのため講義の開始が遅れる大学も多く、同省は29日までに、授業時間を定めた大学設置基準を新年度に限り弾力的に運用することを伝えた。
東北地方では77校のうち約50校が入学式の中止?延期を決定。また岩手、宮城、福島の3県では、少なくとも計約25大学(一部の学部を含む)で授業開始が遅れる見込みだ。
被災者約250人がキャンパス内で避難生活を送り、自衛隊も駐留している宮城県石巻市の石巻専修大。大学側は5月下旬に授業を始めたい考えだが、「仮設住宅の建設が進まないことには、めどが立たない」(広報担当者)という。同大経営学部に進学予定の木村優斗さん(18)は、女川町の自宅にいた時に津波に襲われ、間一髪で避難できたが、同居の祖父母は行方不明のまま。家も、入学式用のスーツも流された。避難所暮らしが続き、「こんな状況で進学していいのか」と悩んだ末、将来を考え入学を決意した。しかし、「いったい、いつ始まるのか」と不安は募る。
11993= =发表于:2011/3/30 3:27:00
11994= =发表于:2011/3/30 3:29:00
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032901000881.html

窓ガラスが壊れ、泥まみれになった教室=23日、仙台市宮城野区の中野小学校
仙台市立の小中学校など計199校のうち19校が、東日本大震災の被害で校舎全体を使用できない状態になっていることが29日、分かった。一部が使用不能になった学校を含めると96校で、全体の約半数を占める。仙台市が教育委員会で報告した。
市は校舎などの復旧費として、10億円を奥山恵美子市長の専決処分として予算補正し、修繕を急いでいる。大半の校舎は4月中に利用できるようになる見通し。
市によると、校舎全体が使用不能なのは小学校12、中学校7。一部が使用できなくなったのは高校なども含め77校に上る。体育館は25校で全体が使用不能、52校で一部使用不能になった。
また、学校給食施設が被害を受けて安定供給が見込まれず、4月中の給食の提供が困難になっていることも報告。牛乳やパン中心の「簡易給食」の可能性を探っていることを明らかにした。
11995= =发表于:2011/3/30 3:31:00
11996= =发表于:2011/3/30 3:33:00
11997= =发表于:2011/3/30 3:35:00
11998= =发表于:2011/3/30 3:36:00
11999= =发表于:2011/3/30 3:37:00
德国说要辐射扩散到日本东南部
31日は関東南部まで…ドイツ気象局が放射性物質拡散予想
2011.03.29
東京電力福島第1原発事故で、ドイツ気象局は、同原発から放出される放射性物質の拡散状況を
予想して公開している。当事国の日本では行っていないだけに、「こんなことまで外国頼みなの
か!」と嘆きの声もあがっている。
独気象局は2週間前から、「福島からの放射性物質の拡散状況」として、6時間ごとの予想図を
紹介している。濃い茶色が「比較的高い」部分で、常に原発周辺に分布していることが分かる。
時刻は協定世界時(UTC)で、日本時間に換算するには9時間進める。
29日の時点では北関東が30日午後9時から拡散範囲に入り、31日午前3時には関東南部や
伊豆半島まで拡散が予想されている。日本の気象庁の天気予報では、30日の福島県浜通り地方
は北西の風日中は東の風となっている。
独気象局は21日午後9時にも関東地方への拡散を予想した。東京都新宿区の放射線測定状況は
19日午前8時が0?047マイクロシーベルトだったのが22日午前6時台では0?131
マイクロシーベルトと上昇しており、精度もなかなかのようだ。
ノルウェー気象庁も独自の予想を公表しているが、わが日本では、東電がデータ不足を理由に
シミュレーションに消極的なまま。こんなことまで外国頼みとは…。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110329/dms1103291705021-n1.htm
12000= =发表于:2011/3/30 3:41:00
冷却には年単位必要 原子力安全委が見解
原子力安全委員会の代谷誠治委員は29日、冷却に向けた作業の進む東京電力
福島第1原発の原子炉や使用済み核燃料プールについて、安全なレベルまで
冷えるには年単位の時間がかかるだろうとの見通しを示した。
代谷委員は「核燃料は、(原子炉の)運転が止まっても、使用済みになっても
熱がなかなか下がらない」と説明。「(冷却までは)長期間におよぶだろう。
年オーダーで考えていただきたい」と述べた。
一方、代谷委員は、水を循環させて冷やす原子力発電の通常のシステムが
復旧できれば、長期間でも冷却できると説明。原子炉圧力容器の損傷が指摘
されている2号機でも、工夫すれば水を安定的に循環させることは可能だとした。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/dst11033001220004-n1.htm